Crazy Moon
(作詞/作曲:大貫妙子)
月夜の晩。揺れる水面。漂うボートがひとつ…。
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なんだか、静かな夜ね…。
わずかにそよぐ風の中を、ゆっくりとボートで夜のお散歩。
アナタと二人っきりなんて…なんだか不思議。
あんなに憧れていたアナタが、アタシを選ぶなんて。考えたこともなかった。そんな幸せ。
−−−寒くない?
ふふふ、心配してくれるの?うれしいわ。
大丈夫。気持ちいいくらい。
アナタとこうして二人っきりで旅行をするのは、何回めかしら?
いつものアナタとは少し違っていて、新しい発見があるのよね。ずっと一緒にいると、こんな感じ?(笑)
こんなのも、楽しいと思う。
そう感じられることが、また、幸せ(笑)。
−−−少し疲れたよ。
いいのよ。漕ぐのは休んでも構わない。少し流れにまかせて漂いましょう。
キレイな水ね。お魚が見えるよう。
夜の湖は、昼間と違って、なんだか妖しい気分。どこまでも続く水面に、見渡す限り、誰の気配もない。
まあるいお月様の下で、アナタと二人、愛を語り合う。なんだかとっても不思議だわ。
ゆったりとボートは進んで。時間も一緒に、ゆったりと進んで。
いつまでも、こんなのんびりと二人で過ごせたらいいね…。
−−−キミを愛してる。
ふふふ。アタシも。アナタを愛してるわ。
自分でも不思議なくらい。こんなに人を愛することができるなんて、アタシも驚いた。
アナタのいない世界なんて、もう信じられないわ。
遠くで憧れているだけのアタシを、アナタは見つけて、誘ってくれた。
どんなに感謝してもしきれない。今が一番幸せだわ…。
コーヒーを持ってきたの。飲む?
アナタに、コップに入れたコーヒーを渡す。
ゴクッ。一口飲んで。
−−−キミは?
アタシもいただくわ。コップに入れようとした手をアナタは制し、コーヒーを口に含んでくちづける。
ゴクリッ。
ふふふ。もう、やあね。
−−−大丈夫。誰も見てやしないよ。
お月様が見ているわ。ヤキモチ焼きのお月様が(笑)。
コーヒーの味のキス。もう一度。
アナタとこうしていつまでも幸せな時を過ごしていたい。
背中にまわした指先に少しだけ力が入る。アナタの胸の厚みをいつまでも覚えていたい。一生、アナタと一緒にいられますように…。
ガタンッ。
体から、少しだけ力が抜けていく。アナタに抱きすくめられてるから?
そうかもしれない。このまま、抱きしめていて。
アナタを肌で感じていたい。
…感じていたい…。
−−−どうしたんだろう。なんだか、力が抜けてきたよ…。
アタシは抱きしめる指先に一層力を入れる。アナタが崩れ落ちないように。
眠くなってきたの?そうね、もう真夜中だから…。
いいのよ、おやすみなさい。
アタシの腕の中で。目覚めても、アタシはアナタのそばにいるから。
安心して、おやすみなさい。
…おやすみなさい…。
アタシも…少し眠くなってきた。
アナタの穏やかな顔を見ていると、なんだかこうしているのが不思議。
愛してる。誰よりも。
…少し、愛しすぎてしまったのかもしれない…。アナタを…。
アナタがアタシを愛してくれているのは、わかってる。
今、一生の中で、一番幸せかもしれない。そう思う。
でも。
今が一番幸せなら。
いつか、アナタがアタシから離れていくときが来るのかもしれない…。そう思うと…。
今。一番幸せな、今。
その時間を、自分で止めてしまいたい…。
**************
穏やかな笑みを残したあの人のその唇を、指先で軽く触れてみる。
そして、唇で軽く触れてみる……最後のくちづけ。
アタシは…もしかしたら、間違っていたのかしら…。
どうして、こんなことになったのだろう。
考えても、もう思い出せない。
自分で、何をしてしまったのか、もう考えることもできない。
今は…少しだけ、お別れ。もう、目覚めることのないアナタへ。
でも、すぐに会えるから。すぐに…アナタの元に行くからね…。
眠りたい…今はただ静かに。アナタのことを想いながら、眠りに落ちよう…。
**************
月夜の晩。揺れる水面。彷徨うボートがひとつ…。
どこまでも、風に揺られて、漂っていく−−−−−−。
<fin>