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勝手に Short Story 〜歌の中の風景〜



HERO by マフィーさん
(日本語詞:中山美穂/作詞・作曲:M.Carey,W.Afanasieff)



夕日が沈んだ。私の人生も沈もうとしている。
残光が闇と交わり、微妙な色を作り出している。
海の冷たさに体の感覚はすっかりなくなっていたのに、何故かそんな景色を見る余裕があった。
記憶はそこで途絶えた。


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目覚めた時、私は病院のベッドの上にいた。
生きていたことを一番後悔したのは、田舎から駆けつけた両親の顔を見た時だった。
母は泣いていた。
父は背中を向けていた。
私は自殺未遂をした親不孝な娘だった。

退院した私は実家へ連れ戻され、何日も部屋にこもりっきりの生活を送っていた。
窓の外には桜の花が咲き始めていた。
季節は春を告げていたのに、私の心は冬のように凍ったままだった。

雨はいつまでも降り続いた。しかし相変わらず外出しない私には関係ないことだった。
ただ、窓から見える厚い雨雲が、私の心を映しているようで憂鬱だった。

蝉の声は朝から賑やかだった。
窓から見える遠い海には、あの日のような威圧感は見られなかった。
このころになると、私は少しずつ外に出るようになっていた。
田舎道を散歩するだけだったが、外の空気に触れることで生きていることが実感できた。

枯葉が林道を埋めはじめていた。
日課になった散歩は少しずつ距離を伸ばしていた。
ある日突然「海」に行きたくなった。そう感じる自分自身に驚いたけど、時間が少しずつ心を癒していることに気がついた。

ある日、私はおにぎりと水筒をバックに詰め込んで海へと向かって歩き出した。
この頃になると、片道40分の道程もそう遠いものではない。
海へ着くと、私は防波堤に腰を下ろした。

海を眺める  空を見つめる
波の音を聞く  風の歌を聴く
何でもないことだけど、そんなことでも新鮮に感じることができた。
まるであの日の出来事が、夢であったかのような錯覚を覚える。

ちょうど私から10メートルくらい離れた所には同じ歳くらいの男の人が座っていた。
彼もまた、ぼんやり海を眺めていた。
彼の横に置かれていたラジカセからは同じ歌が何度も繰り返し流れていた。

HERO 溢れる涙 心に堕ちて 恐れてる時は
その想い 迷う気持ちも 希望からくると 信じて
And then a hero comes along
あなたの中の  秘めた強さは  めぐり続けてる
見落とさないで  打ち勝つ力  微笑みかけよう  胸の中のHERO

歌を聴いているうちに自然と涙が流れたけれど、溢れ出る涙を止めようとは思わなかった。
私は、自分が今ここに居ることに感謝し、ずっとその歌を聴いていた。

どれくらい時間が過ぎたんだろう。
カセットテープの再生はいつの間にか止まっていた。
私は彼に向かってアルミホイルに包んだおにぎりを投げた。
受け取った彼の目は優しく笑っていた。

私も笑ってみせた。
いつの間にか涙は消えていた。


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終章
私は、なだらかな上り坂を歩いていた。
夕日が沈み、残光が闇と交わる空を背中で眺めなら。
「明日は二人分のおにぎりを作ろう。」
私は歩いていた 自分の足で。




<fin>
OVER THE MOON