Hurt to Heart 〜痛みの行方〜 by マフィーさん
(作詞・作曲:横山敬子)
「雲ひとつない空が僕の視界の全てだった。」
・・・体が動かない。
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「さようなら、あなたの顔なんて二度と見たくない。」
「ああ、こっちだって望むところさ。」
一つの恋は、あっけなく終わりを迎えた。
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空は灰色のコートをまとい、風が空気を切り裂いている。
ガラス越しに見える、凍てつく冬の空をぼんやり眺めながら、僕は人生をすり潰していた。
どれだけの時間を砕いたら未来という扉は開かれるのか。
毎日、そんなことばかり考えながら、あてどのない人生の海を漂い、あてどのない大地に座り込んでいた。
現実が夢を食い尽くすこの都会で、自分がなくなるまで削りつづけた。
明日が僕を覆い尽くし、昨日が僕を追い越していった。
ぼくはタバコの煙を吐きながら、ゆっくり人生を吐き捨てた。
ゆっくり。そしてゆっくりと。
テレビをつけた。人生を謳歌している兵(つわもの)どもに笑われた。
新聞を見た。過去を切り抜く現実は情報となってすり抜けた。
君の夢を見た。何度も見たけど、その後には必ず現実が「それは夢」だと囁いた。
そんな毎日をどれくらい送ったのだろう。
辛くはなかったよ。君を失ったことに比べれば。
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柔らかな太陽が僕の体をそっと包み込んでくれる朝。
テラスから見渡す街の景色はいつもと同じはずなのに、何故だか今日はいとおしい。
僕は今とても幸せだ。人生の中でこんな時間を過ごせることは滅多にある訳じゃない。
不意にあの夜のことを思い出した。
あの夜の電話・・・そう、あれはきっと三日月のせいだろう。
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冷たい空気が僕をしっとりと包み込んでいた。
西の空に見上げる三日月は、あと何度この空を回りつづけるのだろうなどという、無意味な疑問をぼんやり空に浮かべながら、想い出を辿る。ふと、ブランデーグラスの氷の音が僕の心の鍵を開けた。いつしかテラスから見上げる宇宙はスクリーンとなり、あの頃の想い出を映し出していた。
夏のせいで、背丈程まで伸びたヒマワリが君を隠す。名前を呼び合いながら無邪気に逃げ回る君をつかまえたあの日。
冬のせいで、凍った水溜りに足を滑らせた僕を、思いっきり笑い飛ばしたあの日の君の笑顔。決して戻ることのないセピア色の時間の中を、僕はいつの間にか漂っていた。
ずっと、そうやって並んで歩いていくものだと思っていたよ。そう、あの日までは。
一体何が原因だったんだろうね?いや、原因はいくらでも転がっていたのかもしれない。
偶然、本当に偶然それにつまづいただけ。
あの石につまづきさえしなかったら、別の人生を歩んでいたかもしれないね。
次第に僕の心を衝動が支配していた。いや、本当はきっかけが欲しかったんだ。たまたま空に浮かんだ三日月のせいにして、いつの間にか受話器を握っていたんだ。
後悔はしていない。僕の独りよがりだったのは十分承知の上だったよ。
ただ、君だけには正直に話しておきたかったんだ。また友達に戻ろうなんて都合のいいことは思っていないからさ。
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ふと我に返り部屋の中にある壁時計に目を向ける。
おっと、そろそろ時間だ。パーティーの主役が時間に遅れたら洒落にならない。
僕は太陽が降りそそぐテラスを後にした。
こんな日は、気持ちまで晴れやかだ。世界中が僕達を祝福してくれているに違いない。
もし、それを否定することができるとすれば、それは君だけだよ。
信号の青が、「急げ」と点滅を始めていた。
ちょっと迷ったが、勢いに任せて走り出す。
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人々が僕を覗き込んでいた。
・・・一体何が起きたんだ。
「あぁ、思い出したよ。」
救急車のサイレンが遠くで叫んでいる。
「もう、間に合わないんじゃないか?」誰かが囁く。
それにしても、あの夜の胸の痛みは一体何だったのだろう。
<fin>