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勝手に Short Story 〜歌の中の風景〜



Platinum Cat
(作詞:一咲/作曲:井上ヨシマサ)



プロローグ

闇。暗い薄ぼんやりした視界の中で、少しだけ目覚めはじめた小さな自分を見詰める。
自分の姿もはっきりとしない、どこまでも続く空間の中。
ふと、一つの光を発見する。
それは、スポットライトのように、その場所を照らしている。
スポットライト。光。
生まれたばかりの自我が、何かを求めてうごめいてく。
何かを求めて。

私は、ここで何をしているのだろう。

そんな思いをかかえながら、一つの考えへと到達する。
一つの考え。

求めているものは。

スポットライト。光。

そして、それが私を照らし出したとき……。


********


ハッと我に返る。

夢、だったんだろうか?
最近、やけによく見る夢-----暗闇の。


頭を振ってみる。
まだ思考回路が働いていない様子。

ここは?

隣を見る。
タケアキの顔。小さな寝息が聞こえる。
時計は深夜4時を過ぎたところ。

フッと肩の力が抜けた。
…よかった。
彼がそばにいることを確認して、微笑む。
彼の顔を見ると、不思議と気持ちが安らいでゆく。

彼-----タケアキは妹の婚約者。
妹、私と同じ顔をした、双子の。同じ顔、ただ、ほくろの位置が違うだけ---私は左頬、妹は右頬…。
彼とこういう関係になったのは、いつの頃だったか。最初は区別がついていないようだった。
婚約者と区別がつかないなんてね(苦笑)…なんて、思ってたけど。
別にタケアキのことを愛していたわけじゃない。

私、結婚するの。

嬉しそうにささやくハルカが羨ましかっただけ。
愛してた?…違う。そうじゃない。でも…今は。

タケアキ-----なんで、妹の婚約者なんかを愛してしまったのか。
抱かれていても、彼は私のことなんか見てはいないのに。
それでも。
離れられない自分が哀しい。


彼の側で眠れない夜は、誰かの部屋へ行く。
今ごろ、ハルカを抱いているであろうタケアキを思い浮かべながら。
つまらない男と。

そういうことって必ずばれるもので。タケアキにいつも怒られる。彼には、ハルカがいるのに。
あなたにそんなことを言う資格があるの?
喉まで出掛かって、やめる。
それで、私から離れていってしまうのが怖いから。
怖い。タケアキを失うことが。

結婚しても、私達、このままの関係でいられる?

聞きたいけど、決して言えない言葉。妹の婚約者。妹の…。
愛している。…でも。


「愛しているのは、ハルカだけだ」

私の瞳を見つめて、そう言い切るタケアキ。
どうして、そんなことが私に言えるの?
どうして…?

タケアキを愛しているわ

ハルカの声が聞こえたような気がした。
ハルカはタケアキを愛している。そして、私も…。
私たちはお母さんのお腹の中で1つだったのよ?
心と体が2つに別れたのに、その2つの心で同じ男性を求めるなんて。

また、1つに戻れればいいのにね…。

…また、1つに?

戻れる、だろうか。遠い昔、1つだった頃のように。
遥か遠い記憶のかなた。私とハルカと。想いが1つだった頃に…。

突然、一つの考えが浮かんだ。
そして、記憶の糸を手繰り寄せながら、その応えを思い巡らせていく。
鏡。
薄暗い部屋の中で。
右頬のほくろを見つめながら。


タケアキの寝顔を見つめ、そっとくちづける。
温かい、彼の体温を感じて…。

おやすみ。
また、会えますように。また、愛し合えますように。
そして。
眠りにつく。
暗い、暗黒の闇の中。遠い記憶のかなたへと。


********


闇。暗い薄ぼんやりした視界の中で、ひざを抱えた小さな自分を見つける。
怯えたような瞳で、不安そうに視線を落とす彼女を見ていると。

いいのよ。もう心配しなくて。
私もあなたを愛しているわ。

ゆっくり顔をあげたハルカは、少しだけ嬉しそうに微笑んでいる。
ハルカ。
はじめて、あなたの顔を見たような気がする。
そして、これが最後。あなたと1つになることで、この愛が果たせるのなら。

のまれそうな暗闇の中。ハルカの温かさが伝わってくる。
スポットライトに映し出されたハルカの顔と、私の…。

溶けてゆく、記憶の中で。

…タケアキを愛しているわ。

そんな声が聞こえたような気がしたけれど…。


********

エピローグ


ええ、もちろん気づいてました。
いつの頃からだったか、彼女の様子は明らかに変でしたから。

え、どこが変かって?

彼女は、猫のように気まぐれな女でした。ハルカとは正反対で。

そりゃ、悩みましたよ。
彼女は放っておくと、どこへ行くかわからない。すぐ、別の男のところへ行くし。
彼女の中に別の人格があることに気づかなければ、とっくに別れていたでしょう。

どうして気づいたかって?

僕はハルカのことをいつも見ていたんだ。ハルカの癖なら、何だって知ってる。
彼女は明らかにハルカではなかった。微妙に仕草とか、嗜好とか、違うんですね。
何を考えているのかわからないけど、なにか光を放っているようだった。
魅力的---そう、魅惑的って感じかな?

え?結婚ですか?

もちろん、しますよ。僕は、ハルカを愛しているんだ。
それに…。
いえ、何でもありません。

僕はこれで。
いえ、どうも、ありがとうございました。


…それに。
僕は彼女のことも、愛していた-----飲み込んだ言葉をもう一度、口に出して言ってみる。
彼女-----ハルカの中のもう一人の。鏡の中の。


帰ろう。
ハルカの待つ家に。帰ろう。
そして------。

Good-Bye。
遠い記憶の中の、もう会うこともない彼女に。




<fin>
OVER THE MOON