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勝手に Short Story 〜歌の中の風景〜



抱きしめたい
(作詞:小竹正人/作曲:Maria)



にゃ〜がいなくなって、1週間が過ぎた。
にゃ〜とは、半年前にうちの前で死に掛けてた子猫。
家族中でかわいがっていたが、特に私によくなついていた。
小さい頃など、仰向けに寝ている私の胸の上で、よく一緒に眠ってた。鼓動の音に安心するらしい。

にゃ〜のいない家は、なんだか寂しかった。
ただ、半年前に戻っただけじゃないの。
そう思おうと努力しても、どこかしら、心に穴が開いたようだった。



ドンッ。
急にぶつかってきた少年がいた。
不意の出来事に驚いた。
「え、あ、アッちゃん、あ、じゃなくて…」
少年の方が、異常に慌てていた。
え?アッちゃん?
目のくりくりとしたかわいい顔立ちが、歳を幼く見せてる。少し長めの前髪、ラフな服装。
…?見覚えはない。
「…?あの?」
「あ、いえ、あの、どうもスミマセンッッ!」
慌てて、駆け出していった。
…というより、逃げてった?(苦笑)
どうして、私の名前を知っていたんだろう。偶然かしら?
なんだか妙におかしくて、逃げていく背中から目が離せなかった。
見覚えはないけど、どこかで知っているような感じ。
どこで?
じっと考えたけど、思い出せなかった。

翌日の会社の帰り道、また、昨日の少年に出会った。
遠くから、こちらをジッと見つめている。
私が見つめかえすと、真っ赤になってそっぽを向いた。
「こんにちは」
声をかけてみる。チラっと様子をうかがうような瞳。
「…どうも。」
どこか照れた様子がかわいらしい…って、男の子にかわいらしいなんて失礼だけど(笑)。

それから、毎日、彼はそこで待っていた。
私を待っているの?…一度聞いてみたかったけど(苦笑)。
そんなはずはないと思って、やめた。

知り合ってみると、妙に人懐っこい子で。まるで、猫のようにじゃれてくる。
いつもどこか遠い目をしていて、私を見ているのか、遠い何かを見ているのか、なんだかよくわからなかった。
でも。
彼と一緒にいると、忘れていた自分を思い出す-------そんな気がした。
自分の心に、素直だった頃の自分。

純真で、かわいくて、からかいがいがあって(笑)。
そんな少年が、なんだかとても気になった。

好き。

自分より、年下の少年。
こんな子供相手に、こんな気持ちになったことは今までなかった。
生意気で、感情的で、素直で。
自分とは、全然違う、一種の憧れのようなものを感じていた。



相変わらず、にゃ〜は帰っては来なかった。
もう、新しい家を見つけているのかもしれない。
あんなに大好きだったにゃ〜。
………。
今は少年が、私の心を癒してくれる。


「猫、飼ってたんだ」
「うん、でもね、いなくなっちゃって。薄情なモンだよね、猫なんて」
「…薄情って。旅に出たんじゃないの、さすらいの旅に。猫にマタタビなんて(笑)」
「…おやじぃ…(苦笑)」
「きっと帰ってくるよ。大丈夫。にゃ〜も、アツコのこと、好きだと思うよ」
いつもおどけた彼が、そんなことを真剣に言ってくれたりして。いつも、ふざけてる分だけ、本気な気がする。
そっかな、帰ってくるかな…なんだか、本当に帰ってくるような気がしてきた。
「僕と…にゃ〜と、どっちが好き?」
「にゃ〜」
なんて、即答したりして(苦笑)。
なんだよ、もう。みたいに、ふくれっツラ(笑)。

いつまでも、こんな時間が続けばいい。
いつまでも、幸せな瞬間が。
そう密かに祈っていた。


その日、彼は妙に沈んでいた。
「どうしたの?」
声をかけても、静かに首をふるだけ。
「…魔法は、いつまでも続かない…」
小さな、小さな呟き。意味不明な。
「僕は…アツコが大好きだよ。」
珍しくまっすぐ私を見つめ、こう言った。
「これだけは、言っておきたかったんだ」
「私も大好きよ?」
愛してるくらい…これは、さすがに言えなかったけど(苦笑)。
すると、彼はとても嬉しそうに目を細めた。
「どうしたの?今日はやっぱりちょっと変じゃない?」
わっはっは。
急に大きな声で、彼が笑いだした。
なんだか私も笑いが込み上げてきた。
二人で思いっきり笑ったら、なんだかすっきりした。

にゃ〜が帰ってこなくても、彼がいれば大丈夫。
心の穴は、すっかり埋まったみたい…。
そんな気がした--------。


次の日、少年はいつものところで待っていてはくれなかった。
どうしたんだろう。少し、心配になる。
気づけば、彼の連絡先も、何も知らなかった。
ただ、いつも帰り道のこの時間に、必ず待っていてくれる。それだけのつながりだった。

こんなに、好きになってたなんて。

連絡先も、何も、聞かなかった自分を嘆いた。
年下だってなんだってよかったのに。
彼にそばにいてほしい。ただ、それだけ…。

また、心が虚ろになった。にゃ〜の時よりも、大きいかもしれない------。

そして、一週間が過ぎた。




いつものように、会社からの帰り道、フっと視線を感じた。
なに?
振り返ると、毛並みのいい黒猫がこちらを遠慮がちに見つめていた。
……にゃ〜?
にゃ〜だった。
嬉しそうな顔で、こちらへ走ってくる。
ゴロゴロゴロ。
喉を鳴らしながら、頭をこすりつけて。
私をジっと見つめるくりくりの瞳に、一抹の懐かしさを覚える…。
一抹の懐かしさ。

「にゃ〜く−ん!」

声に出して、言ってみた。思わず柔らかい体を抱き締める。

「ニャ−」

ちょっと不満気な声(苦笑)。
久しぶりに会ったんだから、いいじゃない。ねぇ?

さ、家に帰ろう。
お母さんも、きっと喜ぶよ。まったく、アンタはいったいどこに行ってたのよっ!
ゴツン!
軽く頭を叩く。

少し潤んだにゃ〜の瞳。
…魔法は、いつまでも続かない…。
フッと、少年の言葉を思い出す。
魔法……まさか、ね(笑)。


風も暖かくなりかけた、桜舞う春の出来事--------------。





<fin>
OVER THE MOON