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勝手に Short Story 〜歌の中の風景〜



追憶-Reminiscence
(作詞:中山美穂・小竹正人/作曲:CINDY)



ひゅるるるるるる…。
北風が駆け抜ける公園を足早に歩いていた。
会社の帰り道、通る人影もまばらな公園の大きな広場をつっきる。ここが駅への近道なのだ。
今日は、いつもより一段と寒い。なんでも大きな寒気団が来ていて、この冬一番の寒さらしい。もしかしたら、雪だって、降ってくるかもしれない。
「…さぶ…」
思わず、声に出して言ってしまう。口にすれば、それだけ寒く感じるのはわかっているのに。

こんな寒い日には、いつもフッと思い出すことがある。
それは、もうずいぶん昔の話。遠い、遠い、昔の記憶。


おじいちゃんっ子だった私は、小さい頃、毎年冬になると、田舎のおじいちゃんの家で過ごしていた。おじいちゃんの家は、裏に小さな山があって、よくそこへ一人で遊びに行った。雪が降って一面真っ白な山は、都会育ちの私には何もかもが知らないことばかりでとても不思議な空間だった。誰の足もはいっていない白い雪に、最初の足跡をつけるのが大好きだった。

森に行くと、必ずある少年に会った。少年は、透けるような肌の、線の細い印象…だったような気がするけど、今となっては、顔も名前も、どのように知り合ったのかさえもう覚えていない。
ただ、すごく森に詳しくて、いろんなことを教えてもらったことは、今でもよく覚えている。
早咲きの野苺の群生地や、どこよりも最初に芽を出すつくし、眠りについた野うさぎの穴なんて、誰よりも詳しく知っていた。私はいつも彼の後ばかりついて歩いていた。

ああ、そういえば、こんなこともあった。
いつだったか、二人で小さな洞穴を見つけた時。ここを二人の隠れ家にしようと決めた。黄色い毛布を持ち込んで、ここでよくお互いを待った。小さな二人がやっと入れるくらいの、そんな洞穴の中で。
私は冬が大好きなの。
そういうと、少年はよく笑っていた。そして、とてもウレシそうにうなずいていた。
そんな隠れ家の中で、よくいろんなことを話し合った。
私は、家族の話を。
少年は、森の話を。少年の家族はどうしていたのか、結局、家族の話も家の話も、彼についての話は全然しなかったような気がする。少し謎めいた、そんな少年の不思議な感じが大好きだった。

少年は、冬に咲く花なんてないよと言った。
なんでそんな話になったんだろう。私が花を探しに行こうと言ったからだったか。
雪がしんしん降っていて、こんな中、花なんか咲いているわけないじゃないか。僕は絶対に行かないよ。
そう頑固に言い放った。彼がそんなにムキになるのは珍しい。
君も絶対に行かないでね…そう瞳で訴えていた…。

何か哀しい思い出があったのかもしれない。
彼はいろんな人と出会い、そして、いろんな別れを経験したと話してくれたことがあった。


ある日、それは突然やってきた。
雪の激しく降った朝だった。
目覚めると、外は既に一面の雪景色で、すべての足跡を隠していた。
居間に降りていくと、いつもついているはずのストーブがついていない。
寒いよ、おじいちゃん。今日はお寝坊なの?
おじいちゃんの部屋へ行く。おじいちゃんはベッドの中で、まだ眠っているようだった。
静かに、穏やかに。口元に笑みを浮かべながら。
眠るように……息を引き取っていた。
「おじいちゃん?」
声をかけても、動く様子はない。まるで、今にも起きてきそうなほど。
私には、まだそれが、理解できていなかった。

おじいちゃんはね、死んじゃったのよ。遠い遠いところへ、行ってしまったの。
私を迎えに来たお母さんは、私を見つめながら、そう呟いた。瞳にいっぱい涙をためながら。
おじいちゃんは死んじゃった。
なんだか、家が哀しみに包まれていた。

雪の上をただぼぉ〜っと歩く。
哀しみの家から離れて、落ち着ける場所が欲しかった。
隠れ家へ行こう。
私は、一人で隠れ家へこもり、黄色い毛布にくるまって泣いていた。
何日も、何日も。
毎日のように、黄色い毛布を抱きしめていた。

大丈夫?
少年はやさしく肩を抱きしめてくれた。
私が一人で泣きたがったから、きっと現れなかったのだろう。ようやく落ち着いた頃、少年は姿を現した。

花を探しに行くの。おじいちゃんが好きだった花を。雪の下にきっと咲いているのよ。
少年は、少しさみしげに私を見つめていた。そして、小さく微笑んで、もう一度、抱きしめてくれた。
待ってるよ、僕はここで。いつまでも、君が戻ってくるのを待ってるよ。
そういうと、毛布を体に巻き付けて、小さな洞穴に潜り込んだ。
すぐ戻ってくるから。待っててね。
振り返ると、少年は、毛布の中から手を振っていた。
私も大きく、振り返した。

そのまま、私は母に連れられて、東京の自分の家に戻った。あの洞穴に戻ることなく…。


あれから、何年経ったのだろう。
今ごろ、あの少年はどうしているのだろう。
時々、すごく寒い日に、こうして思い出すことがある。
もしかしたら、あの少年は、今でもまだ黄色い毛布に包まれて、あの洞穴で私を待っているんじゃないか、と。
白い、どこまでも白い、雪の中の思い出…。

もしかして、あの少年は、冬の精だったんじゃないかしら…。

そんなことを考えて、思わず苦笑する。
冬の精なんて。おとぎばなしじゃないんだから。

そのとき、ちらちら白いものが目にはいった。
白い、そして、冷たいもの…。

雪?

そっと、見上げる。
厚い雪雲から、小さな白い結晶が、後から後から落ちてくる。
今年最初の。


ココニイルヨ…
イツデモ、ミツメテイルヨ…


北風にまぎれて、そんな声が聞こえたような気がしたけれど…。



ふと、見ると、時計が19時をさしていた。
「いっけない、電車が来ちゃう」

私は慌てて、粉雪の舞う中、駅に向かって走り出した。




<fin>
OVER THE MOON