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勝手に Short Story 〜歌の中の風景〜



天使の気持ち
(作詞:康 珍化/作曲:CINDY)



見つめていた。ずっと、見つめていた。
遠くから。
空の彼方から。雲の…隙間から。

あなたのこと、ずっと------------------。


**************



「だからぁ〜、ほんとなんだって。天使っているんだよっ!嘘じゃないよ」
「また、またぁ。準ちゃん、すぐそういうこと言うもん。また、信じそうになっちゃったよ」
「いや、ほんとなんだって。」

嘘じゃないって。

心の中で、呪文のように繰り返す言葉。
僕は見たんだ、天使を。
透けるような、光の中で。高い、高い木の上の方に腰掛ける…。あれは、絶対天使だった。
僕の方を、じぃ〜っと見てたんだ。

---嘘じゃ、ないんだよ。---


あれは、いつのことだったか。
何度も何度も否定される言葉を、僕も何度も何度も繰り返して。
光の輪の中で、透けるように、かすかに見える天使。僕の頭の中には、そんなイメージが今も残っている。
あのとき本当に見たかどうかなんて、今となってはさだかではないが、それでも、あれから、いろいろと助けられてるような気がしてるところをみると、やっぱり守護天使はいるのかな…なんて思ったりもする。
大きな失敗もせず、大きな病気もせず。
今でも、天使談義をはじめると止まらない。絶対に天使はいるって信じてるし、あのとき見たのは、絶対天使だったと言い切れる。でも、ある程度、大人になると、そんな些細なことも口に出すことができなくて、一種の歯がゆさを感じたりして。


僕には、今、大好きな人がいる。
彼女とはまだ話したこともなくて、いつも遠くから見つめているだけで。笑顔がとてもステキな、かわいい人。
毎朝、同じ電車に乗る彼女。
乗り換えの駅では、決まって売店の前の壁にもたれて、広げてるのはなんの本なんだろう。
制服は、うちの学校とは全然違う進学校で、いつも近くに立ってみるけど、僕の存在に気づいているのだろうか。
背はちょこっと高めで、僕とはつりあわないんじゃないのって友達は言うんだけど。

---天使よ、僕の想いを彼女に届けておくれ。

軽く目を閉じて、心の中で呟いてみる。守護天使は、聞き届けてくれるだろうか…。


***   ***



「準ちゃん、彼女、どこ? 愛しの麻里ちゃんに今日も逢えたの?」
朝。満員電車で人ごみの奥の方から、タモツが声をかけてきた。
僕は慌てて近づき、ヤツの頭を叩く。
「ばか、声がでかいって。」
くすっ。
小さな笑い声。彼女がこっちを見て、笑ってる。
げ。こっちからは死角だったけど、案外近くにいたらしい。
思わず真っ赤になって、顔をそむけてしまった。恥ずかしいけど、遠くへ移動することは困難だ。
「ばっかだなぁ。チャンスなのに。準ちゃん、声をかければいいのにさ」
かけられるかっ!
そんな簡単にそれができたら、こんな苦労してないっつうの。
心の中で、毒吐く。
「ねぇ、麻里ちゃんって言うんでしょ。その制服、半高?こいつ、速水っていうの。キミの大ファンなんだって」
…をいをい。本人に話してんじゃねぇ〜よ。
「あ、俺ら、川崎と同じクラスなの。川崎孝二。知ってる?川崎の中学の卒業アルバムでさ、偶然見つけたんだよ。麻里ちゃんの名前。びっくりしたって。ほんと。朝、よく見かけるからさ。な、準ちゃん?」
「う、ああ、うう」
返事をしようにも、顔が引きつって、なんだか変なうめき声ののようになってしまった。
彼女は、ちょっと変な顔をしてる(っつうか、小さく吹き出してる?(苦笑))。
急に話し掛けやがって、変に思われたんじゃないか?なんかすげぇ、怪しいじゃねぇか。
どうする?どうフォローすればいいんだ?
自問自答を繰り返す。僕の小さな頭がフル回転で動いてる。
「そうだ、広川は?広川千秋。知ってる?あいつも半高じゃねぇ?」
タモツは構わず話し続ける。すると、
「…千秋ちゃんの知り合いなの?」
おおっ。なんと。麻里ちゃんが話に乗ってきた。
…うう。なんてかわいい声なんだっ!
「おお、おお。知り合いも何も。近所だもん、俺ら。幼稚園から一緒だったの。聞いてみ?俺、高橋。高橋タモツ。こいつ、速水ね。速水 準。覚えてね(笑)」
「高橋くんと…速水くん、ね?」
おお、おお、おお、おお!
彼女が僕の名前をっ!なんと!感動だぁ!と軽くこぶしを握ったところで、タモツにどつかれた。
「アホ、自分で返事しろや」
「あ、はい。速水です。よろしく…」
……本気で吹き出してる…。
「…どうも。」
彼女がにっこり笑ってこちらを見た。

---天使よ、ありがとう。僕の願いを聞き届けてくれて。

聞こえないくらい小さく呟く。
やっぱり、守護天使はいるんだ。そう、いるんだ。


***   ***



一週間後、広川から電話がかかってきた。
「ちょっとぉ〜、アンタ、麻里にコクったんだって?」
げげ。なんてことをっ!
「や、ちが、違うって。誰だよ、そんなこと言うやつ…って、タモツのバカしかいないけど」
「そうそう、アイツ、駅前のローソンでバイトしてるじゃん?今日行ったら、そんなこと言うからさ、びっくりして(笑)。だって、速水が自分からコクるなんて、信じらんないもん」
広川は、軽く笑い飛ばした…ま、コクったも同然だったかもしれないけど…タモツが(苦笑)。
「この前、麻里もそんなこと言ってたからさ」
「え、コクられたって?」
「じゃなくて、声かけられたって。電車で。かけたんでしょ?タモツとアンタ」
…タモツがね…(苦笑)。
「でさ、幼馴染の準ちゃんのために、麻里を紹介してあげようかと思ってさ」
「え"?…あ、ご、ごめん。ほんと?」
かなりでかい声をあげてしまった。
「ま、ね。アンタ、頭は悪いけど、いいやつだから(笑)」
「…お前もね…。一言多いけど」
「何?紹介してほしくないってわけ?いいのよ、別に。地道に頑張ってね。じゃね」
「お〜い。ちょっと待ってくれぃ。お願いします。千秋さま、どうぞよろしく…」
「ほぉ〜っほぉ〜っほぉ〜っ。じゃ、今度の土曜日、誰かイイ男、連れてきてね!」
…をいをい。

守護天使って広川じゃないだろうな…(苦笑)。
そんなわけで、土曜日、結局タモツを連れて行って広川にはどつかれたけど、僕たちはいろいろとお話することができた。そして、それから、何度かみんなで出かけたり、二人で出かけたり楽しい毎日が続いた。


***   ***



その日、家に帰ると誰もいなかった。
ドアをあけると、真っ暗な中で、留守電のメッセージ案内のボタンの点滅がいやにチカチカと気になった。
どうせ、母さん宛だろ?
それでも、気になって、ボタンを押す。なんだか嫌な予感がしていた。

「広川です。準ちゃん、どこ行ってるの?麻里が事故で…。市民病院にいるから。今、手術中なの。危ないの。早く来てっ!携帯の電源、入れといてよ!」
ブチッ、ツーツーツー。

事故?事故だって?
慌てて僕は家を飛び出した。
自転車で突っ走って、まわりは全然見えていなかった。

病院。シーンと静まり返る廊下。
どこ?どこに行けば…。
受付で聞くと、もう手術は終わっているようだ。
僕は急いで、病室へ向かった。

病室には、麻里ちゃんの家族がいた。…泣いていた。小さな嗚咽に包まれて、妙な重苦しさが心臓に突き刺さった。
「…準ちゃん」
後ろから、広川に声をかけられる。
麻里ちゃん、どうしたの?
声を出して状況を訊きたかったけど…、音にならなかった。
黙って、麻里ちゃんの方に近づき、顔をのぞく。
白い、透けるような顔…。
もしかしてもう死んでしまったのではと思わせるくらいの青い…。
生きてるのか、死んでいるのか…判断がつかないくらいの…。
「大丈夫。手術は無事終わったから…。でも、まだ目を覚まさないの…。このまま、目覚めなかったら…」
低く、小さな囁くような声で、広川がつぶやく。
……ああ。
思わず目頭が熱くなって、慌てて病室を飛び出した----------------。


行く場所もなく、屋上に出てみた。
涙があふれて、止まらない。

---天使よ、麻里ちゃんを助けて。どうか…助けて。僕はどうなっても構いません。どうか、彼女を助けてください。

僕は不安にかきたてられ、思わず自分を抱きしめる。
そのとき、まわりをぼんやりとした暖かさが包んだような気がした。少しずつ、緊迫していた鼓動がおさまっていく。
安心感。
誰かに抱きしめられているような。

そして。
空を見上げると、そこには昔見た天使が!
その昔見つけた、高い木の上でじぃ〜っと僕を見つめてた……。
天使を見ると、願いが叶うんだって。
天使を信じてる人が、天使を見ると。

天使は大きな翼を広げて、祈っていた。そして…。

ハッとした。
眠っていた?そんなことは無いと思うけど…。
ふと見上げると、もう天使はいなくなっていた。

---天使よ。お願い、麻里ちゃんを助けてください。

もう一度、小さく呟いた。


**************



--人間に姿を見られるということが、どれだけ重罪であるか、わかっているか?お前は本当にわかっているか?

「神様、わたしは…あの人を助けたかったのです。あの人の涙を…見たくなかったのです。」

--お前があのこをずっと見ていたのは知っていたが…。自分の立場はわかっているのだろうな?人間の運命を変えることは、誰にも許されてはいないのだよ。

「わかっています…。でも…神様…」

--天使は人に姿を見せてはいけない。見せれば、その人間の運命が変わってしまうから。それをやってしまったお前を、助けることはできないよ?

「…神様、わかっています。罰を逃れようとは思っていません。ただ、あの人の哀しみが軽くなればと…。わたしは、天使失格なのですね…」

--お前は重罪だ。天使の領域を越えて、人間に影響を与えてしまった。今度は、もう許すことはできない。永遠の命を捨てて、限りある命で精一杯生きるのだ。苦痛のないこの世界から降りて、苦悩に満たされた人間界で生きろ。これがお前に与えられた罰だ。


***   ***



「ほぎゃ〜、ほぎゃ〜、ほぎゃ〜」
どこからか、赤ちゃんの泣き声が響いた------。
「おめでとうございますっ、元気な女の子ですよっ!」


***   ***



それから、どれくらいの時が経ったのだろう。
彼と、彼女が、めぐり逢うのは、もう少し先のことである------。




<fin>


OVER THE MOON