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勝手に Short Story 〜歌の中の風景〜



真夜中のキッチンから by 匿名Bさん
(作詞:中山美穂/作曲:Pfeifer Broz)



雪の匂いがした。。。

「...う..ん...。」
まだ目を開くことができないのに、雪の匂いだけ鼻につく。
どうしてこんな匂いがするんだろう....。どこから....?
そっと目を開くと、静かな暗闇だけがあった。これが夢なのかさえ、はっきりしない空間。そして、それを一層深く感じさせる寒さが立ち込めていた。何かに取り残されたようで、体が震えた。

ふと、後ろから風を感じた。

恐くなって振り返ると、頭上の窓が少しだけ開かれている。
窓辺には、たばこの吸い殻が入った灰皿が凍ってる。
どこ...?
気がついてとっさに手を伸ばすと、あの人の肩に振れた。
「いた...。」
よかった。そばにいてくれたのね。
彼を感じて、やっとこの瞬間に実感がわいてくると、自分の体が冷えきっていることに気がついた。慌ててガウンをはおって彼に言う。
「まぁ..気遣ってくれたのよね。」
寝ているあたしに気を遣って、たばこを吸うのに窓を開けてくれたのは嬉しいけれど、そのまま寝てしまったら、二人とも風邪をひいてしまうのに。今回が初めてではないけれど、雪空の下ではちょっと厳しい。
やっと暗闇になれてきた目で彼を見ると、深い眠りについているようだ。
むき出しの肩が、生気を感じさせないくらい冷たくなってる。
「もう、風邪ひくでしょう?」
首もとまで毛布を引っ張ると、急に彼に抱きしめられた。
不意のチカラに、彼の上に覆い被さってしまった。
「え!?起きてるの?」
顔を見上げたけど、間違いなく睡眠中。
......なにこれ?条件反射?
「いったい、どこでそんな癖がついたのよ。」
なかば、あきれて起上がり、窓に手を伸ばした。
「雪が、降るかも。。。」
つぶやいた声が白く変わり、それを確かめてから窓を閉めた。
透き通った星空は確かにキレイだけれど、ずっと見上げる気分じゃない。夜明けまでにはまだ時間があるというのに完全に目が覚めてしまった。
「ココアでも飲もうかな。」
もてあました時間をどうしようかと、とりあえずキッチンに向かった。


やかんに一杯分の水をいれて火にかける。
水道をひねればそこそこ熱いお湯はでるけれど、微妙に変わるお湯が沸く音を楽しみたかった。


「元気なの?」
「....うん。」
「そう、それで、あなたたち結婚したの?」
「....ううん。あの時と、何も変わってない。」
「そんなんじゃ、お父さん納得しないわよ。」
「わかってる。」

この2年間で何度も交わされた会話。
今のままでは、あたしは家に帰れないらしい。
まあね、狭い田舎で暮らしてる両親にしてみれば、それも当然ですか。

2年前、あたしには結婚を約束した人がいた。
"結婚" という言葉に、特別な想像を抱く時期が、女には少なからずあると思う。あたしもそんな時期だった。上京して会社に勤めて3年も経てば、容赦なく、見事にそういう状況に佇むことになる。
外見や経歴や将来性だけで選んだ相手と結婚を考えはじめた頃、今の彼に出会った。

部屋に花を飾ろうと、結婚相手の家の近くの花屋に初めて行った時、そこに彼が働いていた。誰が見ても、純粋に花が好きなんだと伝わるその姿勢は、本当に気持ちが良く、自然にまた行く気になってしまう。
いつのまにか、その花屋に出向く回数が増えていった。花が特別好きなわけではないが、彼が作る花束は、本当に奇麗だと思う。はじめて見るような花を真剣に選ぶ表情や、選んだ花を器用に束ねる少しあれた手が、とても魅力的だった。その間に交わされる言葉も、驚くほど自然で心地よかった。とても新鮮なのに、不思議となつかしい。花の香りの中では、人と人でしかない。将来の夢を聞いて、その真剣さに驚かされたり、何気ない会話に癒された。そういうときの時の流れは本当に早い。
自然に目が合い、自然に会話が増え、自然に距離が近づいた。彼が好きなんだとわかったのは、結婚式の一週間前。それから5日間、本当に悩んで、真剣に考えて、結婚式の前日に結婚を解消してもらった。
言葉にすると短いものだか、25年間あんなに悩んだ時期はなかった。
両親、親戚、近所、知り合い、それぞれの反応は覚悟のこと。親不孝者となじられても、悲しくはなかった。自分に嘘はついてなかったから。
あれだけ悩めば、当分悩む必要はないだろう。だからなんだろうか、今、この状況をそんなに悩んでいないのは。

この花屋に来るのは今日で最後だと言ったとき、彼が花束をくれた。
何も言われていないのに、涙が止まらなかった。困らせてしまうと顔をあげようとした時には、彼に、そっと包まれていた。
それから、時間をかけて、ゆっくりとたくさんの話をした。お互いを確かめるように、その時間は、何本かの煙草と何杯ものコーヒーの香りに包まれていた気がする。2人の間に漂う空気は、本当に自然だった。
それは、はじめからこうあるべきだったと諭されているように思えた。

そうして、今があった。
あれから2年が経ったが、あの時と何も変わらず、和やかな空気が流れている。それで十分。細かい事は、きっと誰も知らないところでちゃんと決まっているはずだから。あとは時間にまかせます。
世間的なケジメより大切なものを、あたしたちは知ってるよね。


冷蔵庫に寄りかかって、かき混ぜたココアの渦を眺めながら、そっと、あの人を見た。ちゃんと、そこにいてくれる。
「うん。間違ってない。」
そうよね?
「う...ん....。」
あまりにもタイミング良く彼が寝返りを打つから、笑ってしまった。
そうして、ほっとしたら、涙がでてきた。
これからも、2人で寄り添っていこうね。

冷たい水で顔を洗う。
明日、目がはれないように。

「もう少しだけ眠ろうかな。」
まったく眠くはないけれど、彼の側で眠りたかった。
そろそろ彼の体は温まっただろうか。
冷えてしまったこの体をその腕で温めてもらおう。

もし、まだ冷たかったら?
....大丈夫。
あたしが温めてあげるから。




<fin>