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勝手に Short Story
〜歌の中の風景〜
未来へのプレゼント
by 野田さん
(作詞:岡本真夜・中山美穂/作曲:岡本真夜)
「ゴメン」
ある日の午後。彼からの携帯メールはこれだけだった。
でも、あたしにはすぐに分かった。
あたしは自分の部屋を飛び出した。
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今から3ヶ月ほど前。その時あたしは、独り公園のベンチに腰を下ろしていた。
夕暮れ時の公園の中、目に見えるものはすべて金色に染まっていた。
日中の強かった日差しの名残も、少しずつそよ風に流れていった。
けど、あたしはそんな景色に顔を背けるようにして、ただただうつむいていた。
その時、突然目の前に差し出された一冊のスケッチブック。あたしは驚いて、顔を上げた。
「似顔絵だけど、似てるかな?」
それが、友達とけんかして落ち込んでいたあたしに、彼がかけてくれた最初の言葉だった。
スケッチブックには笑ったあたしの顔。
その時あたしは初めて、あたしが座っていたベンチの脇に腰を下ろして風景をスケッチしていた彼に気付いたんだ。
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サンダルを突っかけるようにして玄関を飛び出す。玄関脇にとめてあった自転車に飛び乗り、あたしは駅に向かって全速力でペダルをこいだ。
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「どうかしたの? あ、おれは山中太郎。ねぇ、君の名前は?」
「あ、あたしは谷川夕美…」
突然声をかけられたことにどぎまぎしながらも、あたしは何とか答えた。
「へぇ、いい名前じゃない」
そう言って彼は微笑んだ。その笑顔を見て、ちょっとだけあたしの心は軽くなった。
「山中さんは、いつもここで絵をかいているの?」
ベンチに腰を下ろしたまま、あたしは彼に尋ねた。
「はは、山中さんっていうのは照れるからさ、たっちゃんでいいよ。その方が慣れてるし。っと、うん、毎週日曜日は、この公園へきてはスケッチしてるかな。ま、頼まれれば似顔絵かいたりもするけどね」
彼はそう言って笑った。
「絵、好きなんだ…」
「好きっていうか、それしかないから」
あたしの言葉に、彼はふっと真顔で前方を見つめた。それはまるで彼にしか見えないものを見つめているようだった。
「おれ、昔から絵描きになるのが夢でさ」
そういって彼は静かに話し始めた。
高校卒業後に上京してからは、毎日美術学校とバイト。唯一の休日である日曜日はこの公園でスケッチ。毎日が絵のための生活。でも、そんな彼の言葉に辛そうな響きはみじんも感じられなかった。
「でもそんなにがんばってさ、もし絵描きになれなかったらどうするのよ?」
だから、あたしは思わずそうきいてしまった。言葉を発してしまった瞬間、あたしは少し後悔した。
でも、たっちゃんは全く怒ったような素振りなど見せなかった。
「知ってるかい? 夢ってのは、信じていればいつか必ず叶えられるものなんだよ」
そう言って笑う彼の瞳はとっても澄んでいた。
「…って、そういえば、どうして落ち込んでいたんだっけ?」
彼が突然そう言うから。
「あはっ。もういいよ、どっかとんでっちゃった」
あたしは心から笑うことができた。
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駐輪場に乱暴に自転車をとめると、駅の改札をぬけ、通い慣れたホームへの階段を駆けのぼった。
電車は…まだ。
待ち時間がじれったいほどに長く感じる。胃のあたりが痛い。手が、背中が汗ばんでくる。
そして、ようやくホームへと入ってきた電車に、あたしは真っ先に飛び乗った。
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「でもさ、たっちゃん、どうして毎週この公園で絵をかいてるの?」
何度目かの日曜日、あたしはたっちゃんにそう尋ねた。
あの日以来、あたしは毎週日曜日に公園に出かけるようになっていた。
彼がスケッチしている間は、少し離れたところで見ていて。スケッチが一通り終わる夕方くらいから、ベンチに二人腰掛けておしゃべりした。
たっちゃんがこの公園に来るのは日曜日だけ。その他の日は、美術学校へ通ったりバイトしたり。だから彼に会えるのは日曜日だけ。でもその分、日曜日以外の日までも充実して感じられるようになったのはなぜだろう。
「いや、たいした理由じゃないんだけど…」
照れるように頭をかくたっちゃん。
「昔、おれがまだ小さかった頃、母親につれられてこの公園へきたことがあるんだ」
あたしの中では風景がフラッシュバックし。母親に手を引かれて公園を歩く幼いたっちゃんの姿を、なぜだかあたしには容易に想像することができた。
「その時、この公園のベンチに座って絵をかいているおじいさんがいてね。で、たまたまそのおじいさんのかいている絵を見てさ。なんて言うかな、ものすごい衝撃を受けたんだ」
たっちゃんは話を続けた。
「その時おれ思ったんだ。たかが絵だと思ってたけど、でも絵ってこんなにも人の心を動かすことができるんだなって。…それ以来かな」
そして、たっちゃんは悪戯っぽく瞳を輝かせた。
「そのおじいさん、誰だったと思う? あの川原画伯だったんだよ!」
「えっ、うそ!」
川原画伯といえば、絵に疎いあたしでも知っているほどの有名人だ。テレビでもよく紹介されている。
「びっくりだろ? って、おれもずいぶん後で知ったんだけどね。その当時はまだ川原画伯も有名じゃなかったし」
「…だからこの公園なの?」
「ああ。ここで絵をかいていれば、いつかは川原画伯に近づけるような気がしてさ」
そう言って高い空を見上げた彼の横顔を、夕陽が赤く染め上げた。
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駅の改札を駆け抜けると、そのまま駅前の大通を人々をかき分けるようにして、あたしは休むことなく走った。
歩道橋のある大きな交差点を右に曲がる。
あの公園までは、もう一息だった。
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「おれさ、今度の展覧会に作品出そうと思っているんだ」
たっちゃんがあたしにそううち明けてくれたのは、彼に何度目に会ったときだろう。
「今までずっと憧れてて。何度もチャレンジしてもダメだった展覧会だけど。今度こそはいけそうな気がするんだ」
もちろん展覧会が全てではないけど。でも、たっちゃんにとって、川原画伯が審査員をつとめるこの展覧会は特別だった。
「これをクリアすれば、また少し夢に近づける」
まぶしいくらいの抜けるような笑顔。
「夕美に会ってさ、なんかこう悩んでいた部分が吹っ切れた感じがするんだよ。今回のは今の自分の力を全部出し切れた気がする」
彼のまっすぐな瞳を見ていたら、なんだか私にも自信がわいてきた。
「いけるよ、たっちゃんならきっといけるよ!」
「夕美がそういうと、なんか本当にいけそうな気になってくるよな」
たっちゃんはそう言って笑った。
「じゃあ、その時は何かおごってよね」
「おいおい、勘弁してくれよ」
二人の笑い声が公園に響いた。
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たっちゃんはあたしに勇気をくれた。
あたしが愚痴をこぼしたときも、悩みを相談したときも、楽しかったことを話したときも。
いつも全部受け止めてくれた。
たっちゃんは、静かに、でも真剣に話をきいてくれた。
直接答をくれたことはないけど。でも、いつも自力で答を見つける方法を示してくれた。
あたしに自分の足で立つことの大切さを教えてくれたんだ。
それがどんなことよりも今のあたしを支えている。
今あたしが彼を支えてあげなくて、いつすればいいというのだろう?
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いたっ!
たっちゃんを探してさまよっていた目が、独りベンチに座る彼の姿をとらえた。
陽はすでに西の空に大きく傾いていた。
あたしは息を切らせて公園へ駆け込んだ。
「夕美…」
驚いた表情であたしをみつめるたっちゃん。
「どうしてここに…」
肩で息をしながら呼吸を整えるあたし。
あたしが思ったとおり、たっちゃんはこの公園にいた。
辛いとき、悲しいとき、たっちゃんならきっとこの場所に来ると思ったんだ。
「すまない、展覧会、だめだったよ…」
たっちゃんはベンチに腰を下ろしたまま、あたしに向かって力なく笑った。
「謝ることなんかないって。また次がんばればいいじゃない」
「いや…。もう次はないよ…」
「え…?」
あたしは自分の耳を疑った。
「もうこれで終わりにしようって思ってたんだ」
そう言って、たっちゃんは言葉を切った。
「どうして? だって、たっちゃん絵描きになるのが夢だった言ったじゃない」
「夢はしょせん夢だったってことだよ。おれの実力ではこのあたりが限界なんだろうな…」
「でも、たっちゃん言ったじゃない! 信じていればいつか夢は叶うって」
「…おれにはもう信じられないんだよ…」
それは初めてきくたっちゃんの弱音だった。
いままで辛いことも悲しいこともいろいろあったはずなのに。今まであたしの前ではそんな姿を見せたことはなかった。
その事実を認めるまで、少しの時間が必要だった。
でも、あたしの勝手な想いかもしれないけど。たっちゃんにはいつも前を向いていてほしいんだ。
だから。
「あたしが信じてるから!」
力一杯叫んだ。
「夕美…」
「あたしは、たっちゃんが夢を叶えられるって信じているから!」
思いがけず瞳から涙がこぼれ落ちた。
「だから大丈夫だよ。たっちゃん、絶対夢叶えられるよ」
涙が、後から後からポロポロこぼれる。
「大丈夫…だよ…」
もうそれ以上は言葉にならなかった。
西の空に沈みゆく夕陽。人気のない公園がゆっくりと金色に染まっていく。
ゆっくりとした刻が流れていく。
まわりの景色が涙でぼやけ、暖かい色彩を描いたとき。
あたしはふわりと暖かい腕の中に包まれた。
「ごめん…夕美…ありがとう…」
「…うん」
金色に染まった季節の中。
ほおを伝って流れ落ちた涙が一粒。宝石のように夕陽にきらめいて、落ちた。
それはきっと、二人の、未来へのプレゼント…。
<fin>
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