Short Story TOP
What's New? Message Board Site Map

勝手に Short Story 〜歌の中の風景〜



クローズ・アップ
(作詞:松本 隆/作曲:財津和夫)


某ホテル、プールサイド。少し奥まった場所。
ターゲットの位置を確認する。
2年3組 赤見慶子。
ピンクのかわいらしいビキニを着ている。

「…ビキニだぜ…」
信は思わずファインダーを覗き込む。
これを逃したら、先輩たちに何を言われるかわかったもんじゃない。
三脚をセットしながら、ふとまわりを見渡す。
…なんか、なさけねぇ。こんなとこで、俺、何やってんだろ。
自問自答。これで何度目のバイトかわからないが、写真部の部費がかかっているので仕方ない。
弱小部に入った自分を呪う。
カシャッ。
シャッターを押す。
今日はなんだか気乗りがしない。

「あー、泳ぎてぇ…」
フッと呟く。こんな日はどうせいい写真なんか撮れないんだ。
一緒に来たはずの拓也は、もうとっくにプールに飛び込んでる。
「ずりぃ…」
カシャッ。
もう一枚。どんな風に撮れてるかなんて、知ったことか。
ポンッ。
不意に背中を叩かれて、ドキッとする。別に悪いことをしている意識は無いが、やっぱり後ろめたいのか。
「何やってんの?」
女の声。
振り返ると、同じクラスの早紀だった。
「な〜に?写真?…ふ〜ん」
早紀は、意味深に信を見つめる。
「な、なんだよ。クラブ活動だろ、お前、なんでこんなとこにいんだよ!」
どもっちゃうのは、やっぱり後ろめたいのか(苦笑)。
「なんでって遊びに来たのよ。ふ〜ん、誰撮ってるの?……あ、赤見先輩」
げ。
「せんぱ…」
「ば、ばか、バレるだろ!」
慌てて、早紀の口を抑える。
「あ、…ご、ごめん。」
「もう、触んないでよね!ふ〜ん、赤見先輩を撮ってたわけか。な〜に、信ちゃん、赤見先輩が好きなんだ?」
「ち、違うってば。バイトだよ、バイト。うちの部、部費が足りないから、こういうバイトしてんだよ」
早紀のやつ、まだニヤニヤしてる。
「ふ〜ん、だ〜れ?赤見先輩を好きなのは」
「そんなん、言えないって。先輩に怒られちゃうよ。…あーもう、やだ。お前、赤見ってやつ、撮っといてよ。ちょっと泳いでくるからさ」
「え…ちょっと…」
なんだかんだ言ってる早紀を置いて、信はとっととプールに飛び込んだ。

「もう、勝手なんだから。なんで、アタシがこんなとこで、写真を撮らなくちゃならないのよ。」
思わず口に出して、言ってみる。
あいつ、どこ行った?
まわりを見渡すと、プールの真ん中あたりを豪快にクロールしてる信を見つける。
「こんなとこで、マジ泳ぎするなっつうの」
でも、結構上手だったりして。
ふ〜ん。
泳いでいる信に思わず見とれてる自分に気づく。
おっと、アタシったら、何やってんだか。
松林 信。確か中学も同じだった。あの頃は、もっと小さくて、細かった気がする。
なんか少し違う感じ。今まで、こんなこと思ったことなかったけど、なんか少し逞しくなった?まだ、1年も経っていないのに。
信はちょうどプールから上がって、プールサイドに出てきたところだった。
ドキッ。
なんかキラキラしてるような気がした。
水がしたたる体、意外に引き締まってて、ちょっとかっこいい…。
太陽の光に濡れた髪が光ってる。
思わず、ファインダーを覗く。望遠で。
一つ一つの表情の動きを捉えて。もう、目がはなせない状態。
カシャ、カシャ、カシャ…。
気づくと連写していた。
我にかえってフィルムの残り枚数を見ると…あ、あと1枚?(苦笑)
う〜ん、ちょっとやばいかも。う〜ん。

「よ。ちゃんと撮ってくれた?」
「あーうー。…ま、ね。」
戻ってきた信は、フィルムを確認。
ちょこっと触れた肩が濡れていて…。
ドキドキ。
意識をするつもりはないのに、心臓が勝手に意識している。
さっき触れた手の感触まで思い出して、さらにドキドキしてきた。
早紀は、まっすぐ信を見ることができず。
「…あ、アタシ、もう行くから。じゃあね」

信は早紀を見つめていた。
案外プロポーションはよかった。友達と合流して、水に飛び込む。水しぶきを浴びて、子供のようにはしゃぐ。
「ふ〜ん、女の子って、結構変わるもんだなぁ。」
なんて思わず呟いてみたりして。
今まで早紀のことを意識したことは無かったけど。今日は、なんだかとても気になる。
ファインダーを覗くと、あんまりいい笑顔だったので思わずシャッターを押す。
カシャ。
あ、最後の1枚だったけど…。
ま、いっか。あいつ、たくさん撮ってくれたみたいだし。


***



後日談。
あの後、現像してみて、信がどんなに焦ったかは想像に難くない(笑)。




<fin>