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勝手に Short Story 〜歌の中の風景〜



本気でも…
(作曲/作詞:飛鳥 涼)


それぞれが新しい道へと進む季節。
別れを惜しむように、歩いている二人。遠くで眺めながら、もうすぐ彼らともお別れなのだな、とふと淋しく思う。
彼と彼女。彼女と彼。

これは後悔なのか、それとも…。
彼女とはいつまでも親友だし、彼ともきっと友人関係は続くのだろう。
何も変わらない、きっと、何も。でも。



ことの発端はなんだったのか、今となってはあまり重要なことではないのかもしれない。
あれは高校の卒業式の少し前、何かとの交換条件で、千春さんとふざけてイイ男を紹介してもらう約束をした。条件は同い年で東京に住むイケメン(笑)。むちゃくちゃ狭い条件に千春さんは頭を抱えていたけど、そういや、心当たりがあると宣言した。千春さんというのは、親友の由紀ちゃんのお隣さんで。
「ほら、由紀恵も知ってるじゃない?5年前まで一緒に住んでた…」「…ああ」
由紀ちゃんは納得したようにうなずいた。彼は5年前まで千春さんと一緒に暮らしていた彼女の甥っ子。通明くんと知り合ったのは、それからほどなく経った春休みだった。彼は大叔父さんのお葬式で帰郷し、千春さんの家にしばらく滞在することになった。

そんな取引など何も知らない彼にそんな意識があったはずもないのだけど、何しろ「イイ男を紹介する」といわれて会ったのだから、私としてはかなり緊張していた。おまけに彼はかなり好みな外見だったので、知らず知らずに意識していた。
何度か仕事を手伝ってもらったり、いろいろと話したりするうちに、だんだん彼を知りたくなった。彼はとても優しくて、温かい人だったから。もしかしたら、もう惹かれていたのかもしれない、そのことに気づいてしまうまでは。

「通明くんって由紀ちゃんと幼馴染なんだって?」
「そう、もうすごーくちっちゃな頃から一緒にいたんだよ。」

ここのところ、由紀ちゃんの様子がなんだかおかしかった、通明くんが帰ってきてから、ずっと。それに気づいてはいたのだけど。
いつもどおりふざけてると思えば時々ふっと考え込んだり、妙に陽気だったり。なんだろう?ってずっと思ってた、ずっと。
私と知り合って5年、彼女のそんな様子は見たことがなかった。
真相は簡単な話。
要は、彼女はずっと幼馴染の彼が好きだったのだということ。5年前、彼が東京へ引っ越してからもずっと。いなくなって初めて自分の気持ちに気づいて。気づくのが遅すぎたことに後悔して。もう忘れようと思ってた頃、彼と再会してしまった。それは偶然だったのか、それとも必然なのか。休みが終われば彼は東京に戻ってしまうし、由紀ちゃんも大学入学のためにこの地を離れていくことが決まっている。そんな季節の、再会。手放しで喜べないのも当然なのかもしれない。
それでも、二人はだんだん距離を縮めていった。
しょっちゅう3人で出かけて、ふざけたりしていたけれど、結局彼の瞳には彼女しか映らなかったようだ。
彼も、やはりずっと以前から彼女のことが好きだったみたい。
なんのことはない、お互い気づいていなかっただけで両想いだった。5年間のブランクも二人には関係ない。むしろ、今だからこそお互いに素直になれるのかもしれない。少しだけ大人になった今、だからこそ。
一緒にいるとよくわかる、この二人はお互いを必要としあっているのだ、と。そして、それを感じる自分が悲しかった。

通明くんが好き。そう、多分はじめて会ったときから、私は彼に惹かれていた。
あのとき、もっと積極的にいっていれば。
好きだと告白していれば。
どんなに望んでも、彼の中には既に彼女が存在していた。彼女より先に出逢っていれば。そう願わずにはいられないけど、それはもう無理な相談で。

あなたと一度は、恋をしたかった。
でも。
好きの一言さえ、言ってはいけないような気がしていた。素直にならないほうがいい場合だってある、たとえ本気でも。…というより、私は傷つきたくなかっただけか…。結局、弱虫なのかもしれない。
彼と、そして、彼女を失いたくなかったから。どうしても。
だから…。



「沙緒!」
彼女が私に向かって手を振っている。彼も横で微笑んでいる。
もうすぐ二人は私から離れていってしまう。次にいつ会えるともわからない。
だから、私は、私の想いを封印する。
もう二度と迷わないように。
そして。

私は、大きく手を振って二人に応えた。
「二人とも、大好きだよー。」



<fin>