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アンカラの1日
4日目にして、とうとう憧れのアナトリアの大地!もとい、首都アンカラに乗り込んだ私たちであった。
ホテルは、「地球の歩き方」を見ながら、駅から程近いOernek Hotelに決める。駅から程近いと思ったのに、直線距離で行く道がなくって(苦笑)、ガラガラとバッグを引いて歩くのももどかしく、リュックで身軽に来ているM子さんがほんの少し羨ましかった(笑)。まだ早朝だったため、ホテルに着いたものの、チェックアウトで部屋が空くまで、近くのカフェで朝食をとった。
そして、このトルコ旅行のメイン、ボアズカレ(ヒッタイトの遺跡)への旅である。待ちに待ったボアズカレ!まずは近くのインフォメーションで、ボアズカレツアーを探す。
インフォメーションには、おばさんたちが数名、なんだか忙しそうに働いていた。
そのうちの一人に話し掛け、ボアズカレへのツアーを探している旨伝える。最近の日本のトルコブームでも、このボアズカレが行程に組み込まれていることは、ほとんどない。現地ツアーも季節もの…みたいなことが書いてあったような気もしたので、はなはだ不安ではあったのだが…。
最初、インフォメーションのおばさんが電話をかけてくれたところは、なんと1人90$要求された。それは高い!とインフォメーションのおばさんたちも憤慨。ここだったらガイドを雇って個人ツアーにした方がいいということで、別の個人ガイドを紹介してくれ、その人が1人75$で引き受けてくれた。
待ち合わせは、明朝。車でホテルに迎えに来てくれるということだった。
とりあえず、ホテルに戻り、まず、チェックイン。
その後、明日のヒッタイト遺跡見学に備えて、アナトリア文明博物館へ行く。ここには、ヒッタイトの遺跡の本物が保管されている。つまり、ボアズカレにあるのは、実はレプリカなのだ(苦笑)。よって、セットで見なければ意味がないのである。
せっかくアンカラまで来たのだから…と、まずはアナトリア文明博物館の近くにあるアンカラ城跡へと向かう。バス停までの道がわからなくて、ホテルのボーイさんに尋いてみる。英語は全然通じなかったが、実に親切なお兄さんで、身振り手振りで会話をしながら、結局バス停まで連れていってくれた。バスに乗ってからも皆さんとても親切で、降りる場所もその先の行き方も丁寧に教えてくれた。
アンカラ城跡をのぼると、少し小高くなっているせいか、アンカラあたりを一望できる。アンカラの山の方は、住宅密集地になっていて、斜面に細かく家が建ち並んでいた。
右の写真だと、少し細かくなりすぎてわからないかもしれないけれど。
ここらへんの家は、トルコでも独特の造り方をしていて、1晩でできると言われている。それが本当かどうかは知らないが、かなり手抜き工事(?)という噂で、少し前の大地震のときは、この手の家々はかなりのダメージだったそうだ。しかし、これは帰ってから聞いたお話。
アンカラ城跡からアナトリア博物館まではすぐのはずなのだが、どうも道がよくわからない。近くにごまパン売りの少年がいたので、尋ねてみた。
少年はなんだかんだと言いながら、パンを売ろうとする。ちなみに、このごまパン、トルコの名物の1つで、少し歯ごたえのあるパンにごまが目一杯ついているっていう代物。これがね〜、なかなか美味しいのだ。ちょっと顎の関節が疲れるけどね(笑)。
残念なことに、そのときはごまパンは食べたくなかったので、結局、食べなかったのだが、少年は道を教えてくれた。なんかもっといろいろあったような気がするけど、どうも思い出せない(苦笑)。
一緒に写真を撮ったので、載せておこう。
こんな具合に、ごまパンは、頭にのせて運んでいるのである。
無事アナトリア博物館を攻略(笑)し、明日の出発を待つばかりである。とはいえ、実は5年経った現在、この博物館の内容はほとんど覚えていない。果たして、ヒッタイトの遺跡以外には何かあったのだろうか(苦笑)。
お昼ご飯には、博物館近くのロカンタで、キョフテを食べた。キョフテとは、ハンバーグみたいなもので羊だったかな?元来羊肉が大の苦手な私だが、トルコの羊肉は大丈夫なようだ。独特のニオイ、クセのある味がほとんど感じられない。ところで、気をつけなければならないのは、シシトウである。青唐辛子なんだっけ?当たるとかなりカラい。非常にツラいのである。私たち3人は、それぞれが別の料理で大当たりしている(苦笑)。
そのあと、私たちはパムッカレ行きのバスのチケットを買いにクズライへ向かった。明日は、ヒッタイトの遺跡へ行ったあと、そのまま深夜バスでパムッカレへ向かう予定だったのだ。
クズライへはそう遠くなかったが、ちょうどイスラム教だかなんだかのデモ行進があって、交通は一時ストップ。道路はものすごく混雑していた。バスに乗ったのはいいが、チケット売りのお兄さんがえらいイライラしていた。
トルコの交通は、長距離でもバスがメインである。バス会社はいろいろとあり、本数もわりとあると思う。パムッカレに行くには、パムッカレではなく、その付近のデニズリという街まで長距離バスを使う。私たちは、「PAMUKKALE TURIZM」という旅行社のバスを愛用した。
クズライのパムッカレツーリズムのオフィスで、デニズリまでのチケットを買う。売り場に座っていたお姉さんたちは、なんとも横柄で態度が悪かったが、英語のできる担当者は親切だった。
翌日の24時出発。
23時頃、このオフィスに来ればいいらしい。
そんなこんなで、この日は結構疲れていた。
マーケットで果物、朝食をとったカフェでパンを買ってホテルへ。シャワーを浴びてから、それを夕食とし、21時前には眠りについた。
ヒッタイト攻略!
さあて、待ちに待ったメイン・イベント。ボガズキョイへの小旅行である。
早朝からやってきたのは、ガイドのSerife(シェリフェ)さんと運転手の…う〜む…名前が思いだせん…ごめんなさい。ニッサンマーチ(トルコ名はMicra)に乗ってのご登場である。
まずはスングルルへ向かう。アンカラからは2時間半ほどかかるとのこと。
さすがに車社会の大都会。アンカラの半端じゃない渋滞を抜けて、目的地へと向かう。途中、あんまり長い車の旅に、なかなか会話もはずむ。…というか、皆さん、はずんでいたというか(笑)。
そして、ここで前出の「王子様セット」の話を、運転手の青年に聞いたのである。もちろん、彼も例外なく、経験したとのこと。それが、イスラム教の割礼の儀式だが、だいたい11〜14歳の少年が行うもので、例の「王子様セット」に身を包み、モスクへ詣でるというわけである。
そうこうするうちに、最初の目的地スングルル。ここはサービスエリアになっていて、昼食を食べた。なんとシェリフェお手製のサンドイッチ!しかも、スイカまで。なんと幸せな(笑)。
さらに、そこでタバコを売っていたので、トルコではどのタバコが美味しいかを聞いてみた。実は、私はタバコの包み紙を集めている。といっても、決して傘を作るわけではなく(笑)。珍しいタバコの包み紙を見るとほしくなるのだ。だから、海外に行くと、必ず1つは現地のタバコを買うことにしているのである。もっとも、私は吸わないのだが(笑)。シェリフェご推奨のタバコは、「Takeru 2000」(綴りが違うかも)だった。帰りに空港の店員にも聞いてみたが、その答えは一致していた!(笑)よって、ここではこの「Takeru 2000」と「MALTEPE」の2種類を買ってみた。
さてさて、まずはヤズルカヤ遺跡である。ヒッタイトの首都であるハットゥシャシュから北東に2kmいったところにあり、ここはハットゥシャシュの聖地、岩場をそのまま利用した露天神殿である。岩に刻まれたレリーフは、案外はっきりと残っているのが驚きである。
そして、いよいよハットゥシャシュである。
まずは、入り口ライオン前で、はいっポーズ!(まるで、三越やね…)
日ごろの行いがよかったせいか、お天気にも恵まれ、申し分ない遺跡日和。後ろに広がる光景を見てみて!…え?何もないじゃないって?そうなのだ(苦笑)。古代遺跡とはこんなものなのだ。復元でもされていない限り、だだっぴろい野原に、いくつかそれっぽい岩があるような、そんな風景なのだ。そして、遺跡巡りに重要なのは、想像力。ここで、だれだれがこうしたらしいとかああしたんじゃないかな…などと空想しながら、遠い古代へと想いを馳せるのである。
ここ、ハットゥシャシュへの想いは、みんなそれぞれにあったと思う。が、一つだけ共通の思い入れがあった。それは、マンガである(笑)。
篠原千絵さんの描いた「天は赤い河のほとり」というマンガをご存知だろうか。その舞台はヒッタイトであり、その主人公の一人カイル皇子は実存の人物。エジプトの初代ラムセス王と覇権争いをした張本人である。もちろん、そのマンガが実際の話を描いているわけではない(何しろ現代の女の子が古代ヒッタイトへ行ってしまう話なのだから!)。だけど、作者はこれを描くにあたって、現地へ何度か赴いているというだけあって、かなり雰囲気が伝わってくるのである。ここをユーリ(主人公の少女)が走ったのね…などと思いながら見ていくと、またまたそこは違う世界が広がっているように見えるのだ。決して、ただののっぱらでは無いのである(笑)。いえいえ、他の2人にこのマンガを読ませたのはワタクシで…(笑)。いえいえ、そんな、決して、意図は…いやですねぇ。ありませんってば。シタゴコロ?ありませんって(笑)。なんて、一人芝居はヨシとして、まったくの期待通り、2人して、このマンガにはまってくれたのである(笑)。
ユーリが戦った城壁(笑)は、石の階段をすっかり昇った上で、案外高かった。
入り口をはいって、まずは大神殿跡。これは本当に大きくて、もちろん地面に石を組んだ跡が残っているだけであるが、ワインや食料の貯蔵場所やエジプトから贈られたえらい美しい緑の大きな石もあった。ライオン門、地下道を抜けて城壁の上へ出て、スフィンクス門。王の門と進んで、そういえば昨日本物の彫刻の方を見たなぁ…などと思い出しつつ、シュッピルリウマ2世のCHAMBERへ。この壁にも、レリーフが残っていた。そして、ロイヤルパレス、図書館跡と続く。
念願の遺跡とはいえ、何のことはない風景である。2時間半以上も車を走らせ、しかも個人ツアーを組んでまでくるほどのものか。…もちろん、そうである。何千年も前の、古代と呼ばれる時代の人々が残した遺跡を実際に見ることができて、本当に嬉しかった。まさか、ヒッタイトに来ることができるとは夢にも思っていなかったので、なおさら。トルコに加えて、ボガズキョイに行きたいメンバーが身近に居てよかったな〜。一人じゃ、なかなか来れないからね(苦笑)。ここまで来るツアーを私は見たことがない。
そんなこんなで、非常に有意義な時間だった。ガイドのシェリフェ、そして運転手くん(ごめん!)も非常によい人たちであった。
アンカラに戻って、この日は深夜バスで出発である。クズライで夕食を食べたあと、マクドナルドで時間をつぶす。トルコのマクドナルドには、ちゃんとアイランというメニューがあるのだ。ただし、M子さんに言わせれば、あんまり好みの味じゃなかったみたいだけど(アイランが…じゃなくて、マックのアイランが好みじゃなかったということ)。
ちょっとここからは記憶が曖昧なんだけど、昨日頼んだバスのオフィスの前でミニバスに乗って、オトガルへ行く。ここは長距離バス専用のバスターミナルで、かなりの広さがあった。夏のよい時期だったせいか、かなりの混雑で、先が思いやられる(苦笑)。バスに乗り込み、何はともあれ、無事、この日を終えた。余談であるが、バスはちょうど前の席が狭い非常にツライ位置に座ってしまったため、足が伸ばせずオソロシク苦しかった。よって、睡眠もほとんどとれず、かなりツラカッタことを覚えている。
Turkey '97 -OVER THE MOON2-
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